アンコール・トムの城壁の東 大海に見立てた環濠には橋がかかる
欄干には従来モチーフによく使われていたナーガでなく ずらりと並ぶ神々と阿修羅の像を採用
目の前には
“神がおわす都” であるアンコール・トムの入口を示す城門
象の上に乗る観音菩薩の四面仏がその穏やかな微笑みを来城者にむけているよう
かつて 戦いに勝利した兵士たちが凱旋したことから
“勝利の門” と名づけられた
ここからまっすぐ伸びる道
“凱旋道” 1.5kmをパレードして
王のテラスで王に勝利を報告していたのだろう
アンコール・トムの地図をよくみると不思議なことに気づく
中心にバイヨンが建ち そこから四方十字に幹線道路が走る
北大門・西大門・南大門 ちゃんと十字と城壁がまじわったところにある
あれっ 入口にあたる東は!?
東大門というものは存在せず
“死者の門”
となっている
勝利の門は死者の門の北600mの位置!? いったいどちらが正式な入口だったんだ!?
十字の幹線道路はメール山(バイヨン)から世界へつづく道を象徴しているとなると
聖なる道を凱旋する兵士たちに歩かせたくなかったのだろうか?
宗教的解釈からしてバイヨンが天上の都であり 死者のみが入ることを許さることを意味しているのだろうか?
管理人の知識では真相にせまることはムリそうである
orz
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